製品化のために外したこと

前回の記事「製品化のために追加したこと」では,研究段階から製品化につなげるためには,研究ではやるべき範囲ではないかもしれない部分も実装して,製品として使える形にパッケージングすることが必要ということをご紹介しました.

今回はその逆で,製品化のために研究成果としてはできている部分をあえて,ユーザビリティのために外すことについて,弊社での取り組みをご紹介します.

弊社ソフトウェアのBESTOWS Millingに関することですが,BESTOWS Millingでは3次元CADモデルを入力すればNCプログラムを生成するようなソフトウェアに,形状のシミュレーションや切削量のシミュレーションを組み込んだものになっています.工具経路生成から加工シミュレーションまでをシームレスに可能にしています.

このシミュレーションに関する部分,本当はもっと高度なことができるんです.私の研究成果をご参照いただければ幸いですが,私が取り組んでいる研究の中にはエンドミル加工のシミュレーションに関するものがあります.研究段階では,すでに切削中の切削力を予測することはもちろん,切削中の工具の変形量を予測して製品形状の加工誤差まで予測することができています.さらには,その加工誤差を補正するように工具の位置と姿勢を修正して高精度な加工を実現できることを実証しています.

しかし,製品に搭載しているシミュレーションは,製品形状と切削量の予測までです.その理由としては,高度なシミュレーションを実現するためには,PCのスペックもしくは膨大な計算時間が必要となってきます.例えば,新しい製品モデルを一つ加工するために,加工時間はたかだか10分程度のものを30分かけて解析しないといけないとなるとどうでしょう.すごくじれったいですよね.また,我々のソフトウェアを使用するために,100万円ほどするようなPCが必要だとするとどうでしょう.PCが買えないので,ソフトウェアも使えませんと言われそうですよね.

研究はシーズ(将来何かの役に立ちそうな技術だけど,今は求められていない技術)から始めるべきですが,製品化はユーザのニーズをいかにとらえるかが大事です.もちろんユーザがお金も時間もかかってでも高度なことがしたいという要望があれば対応しますが,普通はまずはお手軽に使えるようなものを探していますよね.だから,そのニーズにマッチできるようにあえて高度なことをやらないという決断も大事だと思うんです.

実際,研究段階では切削中の形状シミュレーションではボクセル(後日別の記事で説明します)という3次元の形状を離散的に表現する方法をよく使うのですが,計算時間がネックになります.そこで,弊社のソフトウェアではボクセルを使わずに,新しいアルゴリズムを組み込んで解析しています.この新しいアルゴリズムはデクセルと呼ばれる2次元に離散的に表現したものでもなく,まだどこにも発表していないので今は企業秘密です.これによって,解析時間は圧倒的に短くなっています.

研究成果を製品化したいとなると,研究段階で構築したものをそのまま使いたくなりますが,そこは一度ユーザ目線に立って,初めて使う人が使いたいと思うかというのを常に問いかけることが大事です.

もちろん初めから完璧は無理ですので,どこまでなら許容できるかというのは経営者の判断次第ですね. 弊社のソフトウェアもまだまだ,こうしたいという部分が多々ありますので,日々アップデートしていきます.特にBESTOWS Millingの画面レイアウトはなんとかしたいと思っています.(BESTOWS Process Planningはかなり作りこみましたが.)

研究はシーズで,製品化はニーズで,一人二役の役者のように頭を切り替えて立ち振る舞う必要があります.